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長崎地方裁判所 昭和57年(ワ)380号 判決 1986年7月17日

長崎市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

塩塚節夫

加藤修

永尾廣久

福崎博孝

福岡市<以下省略>

被告

東京メディクス株式会社(旧商号 双葉商事株式会社)

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

吉田卓

主文

一  被告は原告に対し金一八三万七五〇〇円及びこれに対する昭和五七年七月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  右第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金九九一万七五〇〇円及びこれに対する昭和五七年七月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告は輸入大豆の先物取引を業とする会社であり、原告は、中学校及び九州経理専門学校卒業後昭和三一年から実父とともに雑貨・乾物商を営んでいたものであり、商品先物取引の経験のない者である。

2  被告の違法行為

(一) 被告の横領行為

(1) 原告は、昭和五五年一一月二六日午後七時ころ、被告会社長崎支店営業主任Bより「輸入大豆は必ず値上りする、今買えば一週間か二週間位で確実に利益があがる。」と言われて輸入大豆の先物取引を勧められ、短期に確実に利益があがるならやってみようという気になり、大阪屋証券に預託していた国債二五〇万円と山一証券に預託していた国債一八五〇万円の保護預り証を先物取引の委託証拠金とする目的で同人に渡した。

(2) 原告は、三菱信託銀行長崎支店財務相談課長Cや山一証券の投資相談課長D、S中央プラザ店長Eらに先物取引をすることを話したところ、すべての者から一様に強くやめるよう勧告され、右先物取引をしないことに決め、同月二八日の晩、山一証券のDにBが国債本券を受取りにきても渡さないよう頼み、翌二九日、山一証券に国債本券を受領にきたBに電話で実父ともども約三〇分間にわたり先物取引はしないから国債を持ち出さないよう頼んだ。しかし、Bは、保護預りはすでに解約されてDが板ばさみになって困っているから自分が預っておく、会社まで取りにくれば返す、と言って強引に一五〇〇万円の国債本券を持ち出した。

(3) Bはこれとは別に原告が大阪屋証券に預託していた二五〇万円の国債本券を原告の委任状によって持ち出していた。

(4) 原告は、Bから指定された同日午後五時ころ、被告会社長崎支店に行き、同支店長F及びBに国債の返還を申し入れたが、返還してもらえず、明日午後四時ころもう一度来るように言われた。

(5) 原告は、翌三〇日(日曜日)午後三時三〇分ころ、同支店に行き、Fと会い、先物取引ができない理由を縷々述べ、泣きながら国債を返還してくれるよう哀願したが、同人は、これを聞き入れず、あくまでも取引するよう勧め、一二月二日にもう一度来るように言った。

(6) 原告は、一人で行ったのでは返してもらえそうにないので、知人のGに頼んで同道してもらい、一二月一日午後四時三〇分ころ、同支店に赴き、Gからも国債の即時返還を強く要求してもらったが、Bは、所長が不在だからとの理由で返還に応じず、Gがそれでは先物取引の委託契約の解約手続だけでも今日してほしいと申し入れたが、Bは用紙の保管場所が判らないと称してこれにも応じなかった。

(7) 被告は、このように原告が終始一貫して本件委託契約の解約と国債の返還を要求したにもかかわらず、これに応じず、原告に無断で次のとおり先物取引を行ったと称し、帳尻損金八八三万七五〇〇円の支払いを要求してきた。

一二月二日 買二〇枚

一二月四日 買八〇枚

一二月八日 売八五枚

一二月一三日 売一五枚

(8) 原告が右要求に応じなかったところ、被告は、昭和五七年四月七日、原告の国債七五〇万円を勝手に処分し、右売買代金八一三万五二一七円のうち金七六三万七五〇〇円と原告が別途委託した委託証拠金一二〇万円を前記損金の支払に充当した旨の通知をしてきた。

(9) 以上のとおり、被告は、原告に返還すべき国債七五〇万円を保管中理由なく無断でこれを処分して横領し、原告に対し金七六三万七五〇〇円の損害を与えた。

(二) 被告の詐欺行為

原告は、昭和五五年一二月一二日、被告より本社の部長がきているから会社まで来るようにと呼出され、被告会社取締役営業部長Hより「あなたは現在毎日五〇万円の損になっているからこのままでは手数料とも九〇〇万円の損になる、今やめたら現金で九〇〇万円支払わないといけない、しかし今一五枚か二〇枚買えば九〇〇万円払わなくても済む。」と言われ、「買ったのは彼ら(外交員ら)が勝手にしたので自分は一度も買っていないから損などはない。」と反論したところ、Hから「裁判をしても彼らは本当のことは絶対に言わんからあなたが負ける。とにかくいま一五枚か二〇枚買えば損金の請求はしない。」と言われ、一二〇万円出せば国債を全部返してくれるものと信じ、同日その場で残高一一八万円の普通預金通帳と印鑑及び現金二万円をFに交付した。ところが、被告は、右約束に反し、原告の国債七五〇万円を勝手に処分し、帳尻差損金と称して金八八三万七五〇〇円の支払請求をしてきた。このように、Hは、原告に「一五枚か二〇枚買えば必ず損のないようにしてやる」と申し向け、原告を欺罔して金一二〇万円を詐取し、原告に対し金一二〇万円の損害を与えた。

(三) 被告の債務不履行

仮に、右金一二〇万円の交付が被告の詐欺によるものと認められないとしても、被告は、同月一三日、右金一二〇万円を委託証拠金として輸入大豆一五枚を売建し、決済時に一定の差益を生じた。よって原告は、被告に対し、差益金及び委託証拠金の返還を請求しうるのであるが、そのうち委託証拠金一二〇万円のみの返還を求める。

(四) 被告の公序良俗違反行為

(1) 前記Bが「輸入大豆は必ず値上りする、今買えば一週間か二週間位で確実に利益があがる」と言って勧誘した行為は商品取引所法(以下商取法という)九四条一号に該当する。

(2) 被告は、同年一一月二六日に原告から委託契約書に押印を徴して持帰り、原告から輸入大豆の先物取引の委託を受けたと称しているが、右行為は同法同条三号に違反する。

(3) 被告が原告の指示がないのに前記売買取引を行った行為は同法九六条に基づき関門取引所が定めた受託契約準則(以下準則という)一八条二項に違反する。

(4) 以上のとおり、被告は原告の無知に乗じて不法不当な方法によって原告を先物取引に引き込んだものであり、本件先物取引は公序良俗に反し無効である。よって、本件先物取引に基づく原告の被告に対する差損はその発生原因を欠き、被告は、法律上の原因なくして原告の国債七五〇万円を処分してその売却代金の内金七六三万七五〇〇円及び前記委託証拠金一二〇万円を取得し、原告に同額の損失を与えた。

(五) 被告のその他の違法行為

被告は、以上に指摘したとおりの違法行為をなしたのであるが、被告が原告の承諾を受けて行ったと称する商品取引の一つ一つそれ自体も以下に述べるとおり違法であり、被告が責任を負うべき不法行為に該り、原告はこれにより売買差損金七三三万七五〇〇円と手数料一五〇万円との合計金八八三万七五〇〇円の損害を受けた。

(1) 原告の委託者適格

商品先物取引は、高度に発達した専門的な経済制度の一つで、商品の需給関係や政治経済の動向等の市場価格形成要因を把握するのに高度の知識と経験が要求され、しかも極めて投機性が高いから、これに参加する委託者として予定された者とは、右高度の知識と経験を有し、投機に対し自主的判断をなしうる者ということになる。

原告は、学歴・職歴・経歴からして商品取引に必須の知識や経験を欠き、全くの素人であり、明らかに適格性に欠ける。

(2) 両建玉の禁止違反

両建は、その後相場がどう変わろうと、売り買いのいずれかが利益となり、反対玉が同額だけ損勘定となるので、差引損益に変化はなく、実質的には、手仕舞ったのと同様の効果となる。これは、委託者の損勘定に対する感覚を誤らせる恐れが強く、また、受託者にとっては当該顧客との取引を継続して以後の増玉も期待でき、手数料収入を確保しうるなどの利点があるから、手数料取得目的の委託者誘導につながりやすく、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(昭和四八年四月に行政当局の要請を受け全国の商品取引所が商品取引員に対し禁止すべき行為として掲げた指示事項。以下指示事項という。)によって禁止されている。

被告は、これに違反し、四月限で買玉一五枚・売玉一五枚、五月限で買玉八〇枚・売玉八〇枚の合計九五枚の完全両建と四月限と五月限との五枚ずつの不完全両建(限違い両建)をしたものであり、その際、両建の意義、得失につき特段の説明もなさず、さらに委託追証拠金(以下追証という)の徴収がない旨虚偽の説明をした。

(3) 新規委託者保護管理協定違反

新規委託者保護管理協定(昭和五三年三月二九日、全国の商品取引員大会で成立した協定)に基づく受託枚数の管理基準によれば、①新規に取引を開始した委託者からの売買取引の受託にあたっては原則として建玉枚数が二〇枚を超えないこと、②新規委託者から二〇枚を超える建玉の要請があった場合には、売買枚数の管理基準に従って、適格を審査し、過大にならないよう適正な数量の売買取引を行わせることとするとされている。

しかるに、被告は、一二月二日買玉二〇枚、同月四日買玉八〇枚と過大な枚数の買玉を建て、しかもその際、適格を審査していない。

(4) 断定的判断の提供

商品先物取引の委託を勧誘する時の断定的判断の提供は、商取法九四条一号、関門商品取引所定款(以下「定款」という)によって禁止されているところであって、商品取引によって「利益を生ずることが確実」と委託者に信じ込ませることとなり、商品取引の投機的本質を誤認させることになり、正常な営業行為といえない。

しかるに、前記Bは、原告を勧誘するに際して、大豆の値上りが確実であり、さらには安全である旨強調して勧誘した。

(5) 投機性及び追証拠金の説明の欠如

商品先物取引は、本質的に将来への見通しを柱とした投機行為であり、ことさらに投機性を隠蔽することは、むしろ、詐欺的である。そこで、指示事項は、投機要素の少ない取引であると委託者が錯覚するような勧誘をおこなうことを禁止し、また、委託追証拠金についての説明をしないで勧誘を行うことを禁止している。

しかるに、前記Bは、原告に対して、その勧誘に際し、値段が下っても上るまで待てばよいのだから損はしないと説明し、また、追証の説明を一切しなかった。

(6) 無断売買の禁止

商取法九四条四号、同施行規則七条の三第三号、定款は準則に定める場合を除き顧客の指示を受けないで顧客の計算によるべきものとして売買取引をすることを禁止している。

しかるに被告は、原告が委託契約を解消し先物取引をしない旨を再三再四申し入れているにもかかわらず、一二月二日、四日と合計一〇〇枚にもわたる売買取引を勝手にした。

(7) 適当な売買取引の要求禁止

指示事項は既に発生した損失を確実に取り戻すことを強調して執拗に取引を勧めることを禁止している。

しかるに、被告は、被告のいうとおりにすれば損失を確実に取り戻せるといって執拗に両建を勧めた。すなわち、原告は、一二月六日、被告会社長崎支店営業係長Iから「これまでの一〇〇枚の買玉が値下がりによって損が出ている。売玉を建てておけば安心だ。これをしないと元金も手数料ももどってこない。八五枚程売玉を建てよう。八五枚建てれば損は取り戻せる。」と言われ、同月八日Iの言うままに両建をさせられ、さらに、同月一二日、前記Hらから「これまでに九〇〇万円損が出ている。現金で九〇〇万円持ってこなければ、国債は返せない。一五枚か二〇枚新しく買えば九〇〇万円は持って来なくてよい。一五枚か二〇枚建玉すれば九〇〇万円の損は取り戻せる。」と言われて、同月一三日一五枚の売玉を建てさせられた。

3  損害

原告は、以上のとおり、前記不法行為等により合計金八八三万七五〇〇円の損害を受けたほか、被告が被害弁償について全く誠意を示さなかったので、訴訟提起のやむなきに至り、本訴提起を原告各訴訟代理人弁護士に依頼し、着手金二〇万円を支払い、報酬として勝訴額の一割相当の金八八万円の支払いを約し、もって合計金一〇八万円の弁護士費用相当の損害を受けた。

4  よって、原告は被告に対し金九九一万七五〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1のうち、被告が主張の会社であることは認める。

2  同2について

(一) その(一)について

(1) その(1)のうち、Bが主張の日時に主張の先物取引を勧誘し、主張の保護預り証の交付を受けたことは認め、その余は否認する。

(2) その(2)のうち、Bが一五〇〇万円の国債本券の交付を受けたことは認め、その余は争う。

(3) その(3)は認める。

(4) その(4)のうち、原告が主張の日時、場所に来訪したことは認め、国債の返還を申し入れたことは否認し、その余は争う。

(5) その(5)のうち、原告が主張の日時、場所でFと会ったことは認め、その余は争う。

(6) その(6)のうち、原告がGとともに来訪したことは認め、解約の申し入れをしたことは否認し、その余は争う。

(7) その(7)のうち、主張の金員の支払いを要求したことは認め、その余は争う。

(8) その(8)のうち、国債七五〇万円を処分し、右支払いに充当したことは認め、その余は争う。

(9) その(9)は争う。

(二) その(二)について

原告が主張の日時ころHと会い、委託証拠金一二〇万円を預託したことは認め、その余は争う。

(三) その(三)は争い、その(四)は否認する。

(四) その(五)は争う。

三  被告の主張

1  委託契約締結に至るまでの経過

(一) Bは、昭和五五年一一月二五日、原告に対し電話で商品先物取引の勧誘をし、翌二六日夕方、原告方を訪問し、先物取引の投機性及び仕組み並びに追証制度等について、日経新聞・罫線・その他の諸資料を示して説明した。原告は、これを理解したうえ、被告会社に委託して、関門商品取引所の上場商品である輸入大豆の先物取引をする旨の基本契約を締結した。

(二) Bは、右契約と同時に、原告に対し、「委託者心得」(乙第一五号証)、「準則の手引き」(乙第一六号証)、「商品取引委託のしおり」(乙第一七号証)、「商品取引ガイド」(乙第一八号証)等のパンフレットを渡し、原告はこれを受領した。ところが、原告の実兄がBと原告が話している室に来たので、原告はBに右のパンフレット等をいそいでカバンに入れるように言い、Bは右パンフレット等をいったん持ち帰った。またBは、原告より先物取引の委託証拠金として預託するため、国債一八五〇万円の山一証券の預かり証とこれを引き出すための委任状及び国債二五〇万円の大阪屋証券の預かり証とこれを引き出すための委任状の交付を受けた。

2  同年一二月二日買い二〇枚を建玉するまでの経過

(一) Bは、同年一一月二七日朝、山一証券と大阪屋証券に出向いて、国債本券引き出しの手続きをなし、同日の午後七時ころ、Fとともに原告方を訪問し、昨日持ち帰った契約書関係及びパンフレット等を渡し、Fは、支店長として、新規の客に対する挨拶をなし、先物取引の仕組み、追証制度等再度詳細に説明した。

(二) 原告は、右同日、F・Bに対し、三菱信託銀行に預金している約二〇〇〇万円も先物取引の証拠金として使用したい旨の申し入れをなし、翌二八日夕方、Bの車で同銀行に行ったところ、同銀行員から先物取引をして大損した人の事例等をあげて商品先物取引の危険性等について説明を受けたが、解約の手続きをなし、仮解約の書面を受け取った。

(三) Bは、翌二九日、大阪屋証券に行き、二五〇万円の国債本券の引き渡しを受け、次いで山一証券に行ったところ、担当のDより、「証券の引き渡しを待ってくれという電話があっている」旨言われ、その場で電話で原告と話すと、原告は、どうするか迷っていたが、結局、当初のとおり国債を委託証拠金として預託して輸入大豆の先物取引をすることに決め、国債の引き出しを承諾したので、手続きをした一八五〇万円のうち、一五〇〇万円の本券を受け取り、大阪屋証券の二五〇万円の国債とともに被告会社の本店に送付した。なお、山一証券の残りの三五〇万円の国債の引き出しには数日かかるということであった。

(四) 原告は、翌三〇日(日曜日)被告会社長崎支店においてFと会い、取引はしたいが家族が反対するということで善後策をFと話し合ったが、結局、現在預かっている一七五〇万円の国債だけで取引をし、貸付信託銀行の二〇〇〇万円と未だ本券の引き出しを受けていない三五〇万円の国債を返還することになり、同年一二月二日ころその返還を受けた。

(五) 原告は、同年一二月一日午後五時過ぎころ、知人のGとともに同支店を訪れ、Fに面会を求めたが、応対したBが支店長は不在である旨述べると、特段の話しもなく帰った。

(六) Bは、翌二日午後一時半ころ、輸入大豆の値段がその頃まで横ばいのような状態であったのが、前日より四、五〇円下げたので、原告に電話で右のような相場の動き等を説明して「買い」を建ててみてはどうかと話したところ、原告も輸入大豆の相場はもう底ではないかと判断して、輸入大豆、二〇枚、「買い」、成り行き、の注文を出し、Bは、関門商品取引所が開設する商品市場に右注文を出して、同日後場二節の約定値段(五七四〇円)で取引を成立させ、右注文の取引成立が判明する午後二時三〇分ころ取引成立の連絡をする旨伝えたが、原告がそのころは配達で不在であり、買値については今日の夕方同支店に寄るからその時教えてくれというので、取引成立後すぐには電話連絡をしなかった。

(七) 原告は、同年同日午後五時過ぎころ、Jとともに同支店に来店し、B・Iと話し合い、Bから「買い」建玉二〇枚の取引成立について報告がなされ、また、Jから「すぐにでもやめさせたい」という趣旨の話しも出されたが、原告の意思が必ずしもJと同じではなく、むしろ取引をしたいという意向であり、結局三〇円値上がりすれば建玉二〇枚についての手数料分出るから、三〇円上がれば処分してくれという指値注文を出した。

3  同月四日買い八〇枚の建玉をするに至るまでの経過

(一) 原告は、同月三日午前一〇時ころ、電話にて、Iに対し、三〇円値上げの指値を六〇円値上げの指値に変更すること及び先物取引について家族も同意したことを述べ、その後同支店において、二一枚以上の取引をする旨の申出書(乙第八号証)を作成した。Iは、そのころ、二一枚以上の取引をすることについて、F及びHの承認を得た。

(二) Iは、翌四日午前一一時ころ、原告から電話で輸入大豆の値段の問い合わせを受けたが、まだ午前中の値段が出ていないので、出次第こちらから連絡する旨返事をし、同日午後〇時ころ、原告に対し、買った値段よりも下がっていること及び今後の相場観等を説明したところ、原告は、もう底に近く、近く反騰するのではないかと予想し、「買い」、八〇枚、成り行きの注文を出し、Iは同日後場一節の約定値段(五六六〇円)で取引を成立させた。

(三) 原告は、同日午後五時ころ、同支店に来店し、支店長室においてF及びLと面談した。F及びLは、右面談の際、一二月二日の二〇枚と四日の八〇枚の建玉について原告に対し確認し、追証必要時における措置方法等、初回訪問説明内容と題する書面(乙第四四号証)記載の諸事項を説明したが、このとき、原告から右各取引についてなんらの異議もなかった。

4  同月八日「売り」八五枚を建玉するに至った経過

Iは、同月五日にストップ安が出たので、その旨原告に連絡した。原告は、翌六日(第一土曜日で取引所は休み)午後五時ころ、同支店に来店し、その対策についてIと話し合った。Iは、更にこのまま下がるかもしれないので、これ以上マイナスを拡大させずに相場の様子をみるという意味で両建をすすめたが、原告は、一〇〇枚全部の両建ては資金的に無理であり、証拠金の範囲内で八五枚の「売り」を建て、残り一五枚を今すぐ処分したくないので、そのままにしておきたいという意向を示し、両建の意味をIから聞き十分理解して五月限り、八五枚、「売り」、成り行き、の注文を出し、Iは、同月八日の前場二節の約定値段(五四九〇円)で取引を成立させ、同日、原告よりの電話を受けたBが右取引成立について連絡をし、その確認を受けた。なお、Iは右同日ころ一〇一枚以上の取引について本社常務取締役Kの承認を得た。

5  同月一二日売り一五枚を建玉するに至った経過について

(一) 原告は、右同日ころ、アンケートに対する回答書(乙第九号証)を作成して被告会社に送付した。

(二) 原告は、同日午後五時ころ、同支店において、たまたま出張してきていた本社営業部長のH及びFと話し合った。H及びFは、まず現在の建玉の状態について確認をして、本日またストップ安が出ており、このまま下がることも考えられること等を詳細に説明し、その対策として、全建玉を処分するか又は「買い」の一五枚を処分しては如何とアドバイスしたが、原告は、処分を望まず、一五枚についても両建てをして、しばらく様子をみたいという意向であり、結局、委託本証拠金として金一二〇万円を預託して、「売り」一五枚を建玉することにし、その注文をH及びFにした。Fは、右注文にしたがって、翌一三日前場二節の約定値段(四八三〇円)で取引を成立させ、直ちに電話にて通知し、その確認を得た。原告は右同日「売り」一五枚の委託本証拠金として金一二〇万円を預託した。

6  本件建玉の処分について

(一) 昭和五六年二月六日に別表5番記載のとおり同表2番の買玉八〇枚のうち一〇枚と、同表6番記載のとおり同表3番の売玉八五枚のうち一〇枚が処分されている。処分された場節、成立値段、損益及び手数料等は、同表5番、6番にそれぞれ記載のとおりである。

昭和五六年二月二日、三日、四日、五日と相場が下がり、追証がかかった。二月五日の終り値は、四月限りが四五八〇円、五月限りが四六三〇円で、追証拠金額は七一一万二五〇〇円となった。被告は、同年二月五日、原告に対し、右追証拠金を請求したところ、原告は、追証がかからない程度に処分することとし、前記のとおり買玉、売玉各一〇枚、いずれも五月限を手仕舞する旨被告に指示をなした。被告は、右指示にしたがって、同年二月六日前場二節で取引を成立させ、同月九日口頭及び書面で原告にその旨通知し、原告も異議なくこれを確認した。

(二) 同年四月二四日に別表7番記載のとおり同表1番の買玉二〇枚と、同表8番記載のとおり同表4番の売玉一五枚が処分されている。処分された場節、成立値段、損益及び手数料等は同表7、8番各記載のとおりである。

右の買玉二〇枚と売玉一五枚は、いずれも四月限りのものである。被告は、四月二四日が納会日であるのでその旨原告に連絡したところ、原告より、四月限りは納会日に処分する旨の指示をうけた。被告は、右指示にしたがって、前記のとおり四月二四日前場三節で処分し、その旨を電話及び書面で原告に通知し、原告もこれを異議なく確認した。

(三) 同月二七日、別表9番記載のとおり、同表3番の売玉五月限り八五枚よりすでに処分済の一〇枚を控除した七五枚のうち、五枚が処分されている。処分された場節、成立値段、損益、手数料等は同表9番に記載のとおりである。

前述のとおり、同月二四日に四月限りの建玉全部を処分したため、一一万二五〇〇円の委託本証拠金不足を生じるに至ったので、被告はその旨原告に連絡した。原告は、本証拠金不足を解消するために、別表3番の売玉五月限り八五枚よりすでに処分済の一〇枚を控除した七五枚のうち、五枚を処分することとし、その旨被告に指示した。被告は、右指示にしたがって、同年四月二七日前場二節で処分し、原告に電話及び書面をもってその旨通知し、原告もこれを異議なく確認した。

なお、一一万二五〇〇円の本証拠金不足に至る計算関係は次のとおりである。

一六、〇七五、〇〇〇円(預り金額)-六、〇三七、五〇〇円(五六・四・二四現在の帳尻損金額)-一〇、一五〇、〇〇〇円(必要証拠金額)=△一一二、五〇〇円(不足証拠金額)

(四) 同年五月六日に別表10番記載のとおり、同表3番の売玉五月限り八五枚よりすでに処分済の一五枚を控除した七〇枚のうち、一一枚と、同表11番記載のとおり、同表2番の買玉八〇枚よりすでに処分済の一〇枚を控除した七〇枚のうち、一一枚が処分されている。処分された場節、成立値段、損益、手数料等は、いずれも同表10番、11番に各記載のとおりである。

関門商品取引所は、同年五月一日より五月限りの輸入大豆の委託証拠金について、臨時増証拠金額として輸入大豆一枚当り二万円を加算する旨定めた。当時の残玉はいずれも五月限りで買玉七〇枚、売玉七〇枚の合計一四〇枚であったから一二六〇万円の本証拠金が必要となり、一三三万七五〇〇円の本証拠金不足を生じるに至った。被告は、同月六日にその旨を原告に連絡したところ、原告より本証拠金不足を解消するため、買玉、売玉各一一枚を処分する旨の指示をうけ、右同日前場三節で処分し、電話及び書面をもって通知し、原告もこれを異議なく確認した。

なお、一三三万七五〇〇円の本証拠金不足に至る計算関係は次のとおりである。

一六、〇七五、〇〇〇円(預り金額)-四、八一二、五〇〇円(五六・四・二七現在の帳尻損金額)-(七〇、〇〇〇円(本証拠金額)+二〇、〇〇〇円(臨時増証拠金額))×一四〇枚(残玉)=△一、三三七、五〇〇円(不足証拠金額)

(五) 同年五月一五日に、別表12番記載のとおり、同表2番の買玉五月限り八〇枚よりすでに処分済の二一枚を控除した五九枚のうち、一四枚と、同表13番記載のとおり同表3番の売玉五月限り八五枚よりすでに処分済の二六枚を控除した五九枚のうち、一四枚とが処分されている。処分された場節、成立値段、損益及び手数料等は、同表12、13番に各記載のとおりである。

関門商品取引所では、当月限りとなった建玉については、当該月の一四日より、定時増証拠金として、輸入大豆一枚当り二万円を追加して取引員に預託しなければならない旨定めており、当時の残玉は一一八枚であったから合計一二九八万円の委託証拠金が必要となり、二三五万円の証拠金不足を生じるに至った。被告は、同月一五日に右の旨を原告に連絡したところ、原告より証拠金不足を解消するため、売玉、買玉各一四枚を処分する旨の指示をうけた。被告は、右指示にしたがって、同日後場二節で処分し、その旨電話及び書面をもって原告に通知し、原告もこれを異議なく確認した。

なお、二三五万円の本証拠金不足に至る計算関係は次のとおりである。

一六、〇七五、〇〇〇円(預り金額)-五、四四五、〇〇〇円(五六・五・六現在の帳尻損金額)-(七〇、〇〇〇円(本証拠金額)+二〇、〇〇〇円(臨時増証拠金額)+二〇、〇〇〇円(定時増証拠金額))×一一八枚(残玉)=△二、三五〇、〇〇〇円(不足証拠金額)

(六) 同月一八日に、別表14番記載のとおり、同表2番の買玉五月限り八〇枚よりすでに処分済の三五枚を控除した四五枚のうち一枚と、同表15番記載のとおり同表3番の売玉五月限り八五枚よりすでに処分済の四〇枚を控除した四五枚のうち一枚が処分されている。処分された場節、成立値段、損益、手数料は、同表14、15番各記載のとおりである。

同月一五日に、前述のとおり買玉、売玉を各一四枚ずつ処分したが、それでも証拠金不足を解消できず、なお七万五〇〇〇円が不足していた。被告は、同月一八日に右の旨を原告に連絡したところ、原告より証拠金不足を解消するため買玉、売玉各一枚宛処分する旨の指示をうけた。被告は、右指示に従って右同日前場二節で処分し、電話及び書面をもってその旨を原告に通知し、原告もこれを異議なく確認した。

なお、七万五〇〇〇円の本証拠金が不足に至る計算関係は次のとおりである。

一六、〇七五、〇〇〇円(預り金額)-六、二五〇、〇〇〇円(五六・五・一五現在の帳尻損金額)-(七〇、〇〇〇円(本証拠金額)+二〇、〇〇〇円(臨時増証拠金額)+二〇、〇〇〇円(定時増証拠金額))×九〇枚(残玉)=△七五、〇〇〇円(不足証拠金額)

(七) 同月二七日に、別表16番記載のとおり同表2番の買玉五月限り八〇枚よりすでに処分済の三六枚を控除した残四四枚と、同表17番記載のとおり、同表3番の売玉五月限り八五枚よりすでに処分済の四一枚を控除した残四四枚が処分されている。処分された場節、成立値段、損益、手数料等は同表16、17番各記載のとおりである。右の残玉計八八枚はいずれも五月限りのものであり、納会日は同年五月二七日(月末から数えて四営業日前)である。

被告は、右同日原告に連絡したところ、原告より残玉全部を処分する旨の指示をうけ、同日前場三節で処分し、電話及び書面をもって原告にその旨通知し、原告もこれを異議なく確認した。

7  預託金等による債務の弁済について

全建玉の処分は昭和五六年五月二七日をもって終わったので、被告は、同年八月五日、原告に対し、本件先物取引により生じた損金八八三万七五〇〇円の支払を請求し、支払がないときは、委託証拠金をもってこれに充当する旨通知し、その後何度か話し合いが行われたが、結局話し合いがつかなかったので、同五七年四月七日ころ、預託を受けている一二〇万円と同じく国債七五〇万円を換価した代金八一三万五二〇〇円のうち金七六三万七五〇〇円との合計金八八三万七五〇〇円を前記債務の支払いに充当した。

8  以上のとおり、被告は、原告の委託を受けて、適法に依頼されたとおりの取引を行ったのであり、原告主張のような違法行違を行っておらず、不法行為も債務不履行もなく、不当利得もない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

一1  被告が請求原因1のとおりの会社であること、Bが同2(一)のうち(1)、(2)のとおり昭和五五年一一月二六日に主張の先物取引の勧誘をして主張の保護預り証の交付を受け、同月二九日一五〇〇万円の国債本券の交付を受け、(3)のとおり二五〇万円の国債本券の交付を受けたこと、原告が、同月二九日午後五時ころ被告会社長崎支店へ行き、翌三〇日午後三時三〇分ころ同支店へ行ってFと会い、翌一二月一日Gとともに同支店へ行ったこと、被告会社が原告に帳尻差損金八八三万七五〇〇円の支払いを要求し、国債七五〇万円を処分し、その支払いに充当したこと、同2(二)のうち、原告が昭和五五年一二月一二日ころHと会い、委託証拠金一二〇万円を預託したことは当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実と成立に争いのない乙第一ないし第五号証、第九号証、原告本人尋問の結果によって成立を認める甲第一号証、第七、第八号証、第九号証の一、二、証人Iの証言及び弁論の全趣旨によって成立を認める乙第六、第七号証の各一ないし三、第二一号証、証人Lの証言によって成立を認める乙第一〇、第一一号証、第二二ないし第四四号証、証人D、同G、同J、同B、同I、同F、同H、同Lの各証言、原告本人尋問の結果(以上の全証拠とも後記採用しない部分を除く。なお、甲第七、第八号証の各関門商品取引所の受付印の成立は当事者間に争いがなく、右号証及び甲第九号証の一、二は原本の存在・成立ともこれを認め、乙第四四号証のメモ部分の成立は当事者間に争いがない。)を総合すれば、次の事実が認められ、左記認定及び後記説示に反し、被告の主張に沿う証人B、同I、同F、同H、同Mの各証言部分は採用しえず、乙八号証は、記載された期日に作成されたとは認め難い。

(一)  原告は、中学校及び九州経理専門学校卒業後昭和三一年から実父とともに雑貨・食料・乾物販売店を営んでいた者であり、商品先物取引の経験はない。

被告は、輸入大豆等の商品先物取引を行うこと及びその仲介等を行うことを業とする株式会社で、昭和六〇年九月一日付で商号を双葉商事株式会社から現商号に変更した。

(二)  原告は、昭和五五年一一月二五日、被告会社長崎支店の営業主任Bから電話で商品先物取引の勧誘を受け、翌二六日、Bの訪問を受けて砂糖、輸入大豆等の商品先物取引の説明を聞き、同人から「大豆が妙味がある。現在五七〇〇円だから六五〇〇円に確実に上る。今買っておけば必ずもうかる。」と言われてその気になり、関門商品取引所の輸入大豆の先物取引を被告に委託して行う旨の承諾書等(乙第一ないし第五号証)に署名捺印してこれを了承し、大阪屋証券長崎支店に預託してあった額面金二五〇万円、山一証券長崎支店に預託してあった額面金一八五〇万円の各保護預り証を委託証拠金として委任状とともに同人に交付した。Bは、翌二七日、右各証券会社支店に行き、右国債本券を引き出す手続を済ませ、夕方ころ、被告会社長崎支店長Fとともに原告方を訪れ、パンフレット等(乙第一五ないし第一六号証)及び前記承諾書等(乙第一ないし第五号証)を原告に渡し、契約成立の挨拶をし、その際、三菱信託銀行の貸付信託二二五〇万円も委託証拠金とすることの承諾を原告から得た。右二六、二七日の際、追証拠金の制度、内容等が具体的に説明された形跡はない。

(三)  原告は、翌二八日、Bとともに同銀行におもむき仮解約の手続をとり、仮解約証をBに渡したが、同銀行の顔見知りの行員から知人に商品先物取引により大損をした人がいるとか、原告のような性格の人がやることでないと言われたこと等が原因で不安感に駆られ、同日夜、商品先物取引をやめることにし、直ちに山一証券長崎支店のDに電話し、その旨を伝え、国債を渡さないよう頼んだ。Bは、翌二九日、大阪屋証券で国債本券二五〇万円を受領し、山一証券におもむいたところ、Dから前記の旨を聞かされ、同人が原告へ電話した後、自から電話で原告を説得し、原告は、やめたい旨をBに述べたが、Bから二〇~三〇分間にわたって強力に説得され、既に解約しているので国債本券を証券会社に置いても被告会社に置いても一緒だからと言われ、同人に交付することに同意し、Bは、まだ交付されていなかった三五〇万円分を除く国債本券一五〇〇万円を受領した。

原告は、同日夕方、被告会社長崎支店へ行き、Fに国債の返還を求めたが返還してもらえず、翌日来るように言われて、翌三〇日(日曜日)出張前のFと会い、同様に返還を求め、父や妻が反対しているから商品先物取引をしない旨を述べたが、Fから相場の動向、現在の状況などの詳細な説明を受け、結局、三菱信託銀行の貸付信託二二五〇万円の仮解約証の返還を受けたが、ともかく既に受領済の前記国債を委託証拠金としてその範囲で商品先物取引を行うよう説得され、国債の返還を受けえずに帰宅し、翌一二月一日夕方、知人のGに同道を頼んで同支店へ行き、Bに会い返還を求め、委託契約の解約を申し入れたが、Bは、Fが出張中で明日でなければ帰らないからと言って、右返還や解約に応じなかった。

(四)  Bは、翌二日、大豆の値段が四〇円ないし五〇円下ったので、成り行きで二〇枚の買い注文を出し、後場二節で別表1番記載のとおり五七四〇円の値段で売買が成立した。

(五)  原告は、同日夕方、親戚のJに同道を頼み、同支店へ行き、Bと同支店営業係長のIに会い、別表1番の二〇枚の取引の解約を要求したところ、手数料分が損になるからと説得され、結局、三〇円をプラスした値段で翌日売り注文を出すことにし、その旨Iに依頼し、三五〇万円の国債の預り証の返還を受け、翌三日、委託証拠金として預託した国債の利息分も回収したいと思い、もう三〇円を上乗せし、六〇円をプラスした値段で売り注文を出すようIに電話で連絡し、Iはその旨の注文を出したが、売買は成立しなかった。

(六)  Iは、翌四日、成り行きで大豆八〇枚の買い注文を出し、後場一節で別表2番記載のとおり五六六〇円で売買が成立した。その際、被告会社取締役営業部長Nは、新規委託者保護管理協定にしたがって定められた規則(乙第四七、第四八号証)に基づく審査をする際、原告から直接事情聴取せず、Fからの電話による報告によって、原告が七〇〇〇万円から一億円の資金を有していることと商売上大豆を扱っていること等により同規則上の承認を与えた。

(七)  原告は、同日、Bから電話で呼び出しを受け、夕方、同支店へ行き、F及び被告会社支配人兼相談室長Mらと会い、初回訪問説明内容と題する書面(乙第四四号証)に指示されたとおり署名、捺印等し、同人らから商品先物取引についての説明を受けた。

(八)  同月五日、相場がストップ安となり、原告は、翌六日、Iから、これ以上マイナスを広げないよう両建をすることを勧められ、これに従うこととしたが、ただ、一〇〇枚の両建とせず、委託証拠金の範囲内で八五枚の売建をすることとし、同月八日、Iがその旨の売注文を出して別表3番記載のとおり売買が成立した。

原告は、同月一二日、Iから電話で呼ばれて、HとFに会い、同日現在値洗差損金七〇五万円が生じており、預り金一四八七万五〇〇〇円からこれを控除した有効証拠金が七八二万五〇〇〇円であり、要証拠金が一四八〇万円であるから追証がかかる七四〇万円までの余裕金が四二万五〇〇〇円しかないところ、同日ストップ安が出ており、翌日も相場が下がると予想され、差損金が拡大し、追証がかかる可能性が強く、一方、右時点で手仕舞えば手数料一三八万七五〇〇円とあわせて八四三万七五〇〇円の確定損失が生じ、概算九〇〇万円の損失となるから、右の事態を避けるため、もう一五枚の売建をして一〇〇枚の両建とするのがよいと言われ、これに従うこととし、新たに必要となる委託証拠金一二〇万円を預託し、翌一三日、Fがその旨の売注文を出し、別表4番記載のとおり売買が成立した。

(九)  昭和五六年二月一日から委託本証拠金が従来の一枚八万円から七万円になると同時に委託臨時増証拠金が一枚当り一万円必要となり、合計の必要証拠金に変更はないものの、必要本証拠金は従来の一六〇〇万円から一四〇〇万円となり、追証のかかる金額が八〇〇万円から七〇〇万円と変ってきたので、値洗差損金は右時点の前後を通じて七二〇万円前後で変化がないにもかかわらず、右時点以後、追証がかかることとなり、同月二日、被告は原告に追証拠金預託の請求をした。

(十)  原告は、右請求を受けて関門商品取引所に手紙を出し本件についての苦情を申し立て、その指示に基づき、Lと解決のため数回交渉の機会を持ったが解決に至らなかった。

(十一)  被告は、同月六日から同年五月二七日まで被告の主張6(ただし、原告に連絡し、原告の指示を受けたとの点を除く。)のとおり、前記建玉を売玉・買玉とも同枚数ずつ手仕舞い、原告に対し売買差損金の立替分七二三万七五〇〇円と手数料一五〇万円の合計八八三万七五〇〇円の請求をし、その支払いがなかったため、被告の主張7のとおり前記委託証拠金をもってこれに充当した。

(十二)  前記各売買については各売買成立後まもなくその旨書面(売買報告書及び計算書)で原告に通知された。

二  右事実から考えると、原告は、結局、国債一五〇〇万円と二五〇万円を委託証拠金として預託することを了承したものというほかなく、また、(四)、(六)の売買は、原告が取引をやめたい旨を要求している最中になされている点から考えて、前掲B、I両証言にあるような明快な原告の同意(被告の主張2(六)、3(二)参照)を得たとは認め難いが、さりとて、原告本人の供述するように全く無断でなされたとするには、右売買のなされたことが判明した時点での原告の対応に不自然なあいまいさ、すなわち、(四)の売買のなされたその日に右買建を前提として手数料分を上乗せした値段での売注文の依頼がなされ、(六)の売買の直後、さしたる異議・抗議のなされた形跡もうかがわれない状況で右買建を前提とした(八)の対応措置がなされていること等のあいまいさが残るのであって、これらのことからすると、右売買が原告に無断でなされたとまでは断定し難く、結局原告が被告に売買を一任していたものと推認するのが相当であり、したがって、原告は、これを了承した、少なくとも追認したというほかなく、別表5番ないし17番記載の処分については、原告から具体的処分の指示がなかった場合にも準則八条、一三条、一五条に従って処分しうる場合であり、被告は、以上の売買によって生じた立替金債権等の支払いに充当するため、前記国債を処分したのであって、原告の横領の主張は少なくとも横領の故意があったとはいえないから認めることができず、右主張に沿うかの如き原告本人尋問の結果の一部は採用しえず、詐欺の主張も、Hが一五枚か二〇枚買えば必ず損のないようにしてやる趣旨を申し向けて原告を欺罔したことを認めさせるに足りる証拠がないから認められないし、債務不履行の主張も、準則二四条に照らし認められない。

三  しかしながら、前記一項2の(一)の事実からすると、原告は、指示事項に定める不適格者に該当しないとしても、商品先物取引の経験のない全くの素人であることが明らかであるところ、(二)の事実からすると、Bは商取法九四条一号、定款によって禁止された断定的判断の提供をし、また、指示事項に定める委託追証拠金の説明をしないで勧誘したものというべきであり、(三)、(五)の事実からすると、B、Fらは指示事項に定める商品取引参加の意志がほとんどない者に執拗な勧誘を行ったということができ、(四)、(六)の売買は前記のとおり一任売買であるから商取法九四条三号、定款に違反し、(六)の事実からすると、新規委託者保護管理協定に反する過大な売買をさせたものであり、Hのした承認は相当でなく、適正な審査がなされなかったというべきであり、また、H証言にある総括責任者の承認があったかは疑問であるが、仮にあったとしても相当でなく、適正な審査がなされなかったというべきであり、(八)の事実からすると、指示事項で禁止された両建を勧めたものということができ、特に一二月一二日の際には、両建によって追証がかかることがなくなると原告に信じさせるような説明をしたといいうるところ、前記(九)のような追証がかかる事態のあることを少なくとも看過して右のような説明をしたというべきである。

ところで、商品先物取引は、投機性が強く、価格要因も複雑多岐であって、相場の予測が極めて困難であり、これに習熟した専門家にとっても思惑どおり利益をあげるのが難しく、ましてその経験のない素人にとっては損失を受ける危険性が極めて高く、したがって、このような観点から、右取引に関与する一般大衆に発生が予想される損害を防止するため、商取法は、商品取引員ないしその使用人である登録外務員等に対し、種々の規制を加え、右法の趣旨に則り、前記定款、指示事項、準則、協定等がこれをふえんした具体的規定を定め、一般大衆の商品先物取引への勧誘、委託契約の締結、委託業務の執行等に関し様々の規制を加えており、したがって、右諸規制に違反して一般大衆を商品先物取引に引き込んだ商品取引員及びその使用人等は、一般大衆が損失を蒙らないように配慮すべき地位に置かれ、顧客に適切な指導・助言をして、当該顧客に損失が発生するのを防止すべき注意義務を負担するに至ったというべきである。

そうすると、前記一二月四日の段階では、前掲各証拠によると、昭和五五年六月ころ一袋(六〇キログラム)四五〇〇円だった相場が七月から八月にかけて五〇〇〇円から五五〇〇円に急伸し、その後一進一退した後、一〇月から一一月にかけて五九〇〇円にまで上がった後、下がり、同月末から再度五九〇〇円にまで上った後、二日、三日と下がった状況であったことが認められ、相場がピークをつけ、高値から下降に向いつつあるとも解釈されうる状況であり、少なくとも、いったん相場が下がる可能性のありうることをも考慮しなければならない状況となったといいうるから、相場の動向をしばらく見きわめ、その予測の如何によって、なんぴん(難平)買いをするか、或いは買玉を処分して売玉を建てるか、いずれにしろ、建玉をするについては、委託証拠金の額をも勘案して少しずつ建玉するという慎重な対応をするのが通常と考えられるのに、一二月二日に原告から前記二〇枚の買玉の解約の要望や売却の依頼があり、原告が新規の買建については消極的であることを認識ちながら、前記のとおり、一挙に八〇枚という過大な買い注文を出したものであり、右措置は、前記のような慎重な対応をすべきところを、あえて原告に大きな損失の生ずる可能性がありうる挙に出たと評価されるものであって、原告の利益を図るためでなく、単に被告の手数料収入をあげるためになされたと推認されてもしかたのないものであり、前記注意義務に反した違法なものということができ、かつ、前記状況から考えて相場が下落して原告に損失の生ずる可能性のあることを未必的に予見しながら、又は、これを予見しうるのに、過失によりこれを看過してなされたものであり、不法行為に該当するということができる。そして、右八〇枚の買建をしてすぐの五日、一二日のストップ安の各直後になされた前記二度にわたる両建により、原告に生じた損失は固定され(もっとも、五枚ずつは不完全両建(限違い両建)であるから若干の変動は生じる)、その後、前記のとおり、準則に従った機械的な手仕舞がなされ(原告の指示に従って処分したとの被告の主張に沿うかの如き証人Mの証言部分は採用しえない。)、右両建時に固定された損失がほぼそのまま確定したのであって、原告に適切な指導・助言をして損失を蒙らせないように措置した形跡はうかがえず、したがって、右両建及び手仕舞の措置も、原告の利益を図るためでなく、単に被告の手数料収入をあげるためになした前記買玉の結末をつけるための事後処置と推認されてもしかたのないものであって、前記注意義務に反した違法なものということができ、原告が損失を受けることを予見してなされた不法行為ということができる。

なお、一二月二日にした二〇枚の買建については、四日の買建と同様、不法行為といいうる可能性も強いが、最初の建玉であることや二〇枚という枚数及び相場の状況などを考慮すると、直ちに不法行為に該当する違法性があるとは断定し難い。少なくとも、右買建後相場が下落して原告に前記損失の生じることについての予見又は予見可能性があるとはいえず、故意又は過失が認められない。

そして、前記不法行為は、被告の事業の執行につきなされたことは明らかであるから、被告は民法七一五条により原告に生じた損害を賠償すべき義務を負う。

なお、原告は請求原因2(四)のとおり公序良俗違反による不当利得返還の主張をするが、同(1)の商取法九四条一号違反の違法があったとしても、直ちに公序良俗違反とはいえず、同(2)、(3)の主張事実が認められないことは前認定・説示したところから明らかであり、したがって、右主張は認められない。

四  右不法行為により原告の受けた損害をみるに、前記八〇枚の買玉の関係では二一九〇万七五〇〇円の売買損及び六〇万円の手数料支出があり、前記一〇〇枚の売玉の関係では売買損はなく、七五万円の手数料支出があり、なお、二一七二万円の売買益があるから、結局、損益相殺をして一五三万七五〇〇円の損害があり(二〇枚の買玉分については七一五万円の売買損及び一五万円の手数料支出があるが、前記のとおり不法行為に基づく損害とはいえない。)、原告が本件訴訟を追行する必要があり、かつ、専門家である弁護士に訴訟委任する必要のあったこと、したがってそのために費用を要したことは明らかであり、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害金は三〇万円とするのが相当である。

五  右認定、説示によれば、原告の本訴請求のうち、金一八三万七五〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることの記録上明らかな昭和五七年七月三〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 若林諒)

<以下省略>

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